BLEAK HOUSE
『荒涼館』
主な登場人物|作品の梗概
主な登場人物
- エスター・サマーソン(Esther Summerson)
この小説の女主人公であり、物語の約半分の語り手。孤児で、叔母ミス・バーバリー(Miss Barbary)に育てられる。叔母は冷たい人で、「お前は生まれるべきでなかったのだ」と、繰り返し説く。叔母の死後ジョン・ジャーンディス(John Jarndyce)氏に引き取られ、教育を受け、後には彼の家の家政に当たる。彼女はこの物語の人間的な、比較的明るい面の語り手で、カディー・ジェリビー(Caddy Jellyby)との友情、自己中心的なガピー(Guppy)の求婚、自分の病気、アラン・ウッドコート(Allan Woodcourt)へのひそかな愛、ジョン・ジャーンディスからの求婚の承諾、その後の情況の変化によるウッドコートとの結婚等について遠慮がちに語る。彼女はデドロック夫人(Lady Dedlock)が結婚前にホードン大尉(Captain Hawdon)との間に生んだ私生児であることがわかる。Summerson という名前は、summer-sun(夏の太陽)から作ったものであろうと言われている。
- ジョン・ジャーンディス
荒涼館(Bleak House)の持ち主。遺産をめぐる長年にわたる訴訟事件の当事者。エスター・サマーソンの保護者。訴訟事件の関係者で彼のいとこに当たるエイダ・クレアー(Ada Clare)とリチャード・カースト−ン(Richard Carstone)を自分の家に引き取る。彼自身は裁判沙汰が嫌いで、カーストーンがこれに巻きこまれるのを止めようとするが失敗する。六十歳近いが、エスターを愛し求婚する。しかし、彼女とウッドコートとが愛し合っていることを知り、ふたりのために新しい荒涼館を建てて結婚させてやる。彼は何かに失望すると、「東風が吹いてきた」("The wind's in the east.")と言って「不平部屋」(Growlery)に引きこもってしまう。彼の親しい友人に昔の同級生ボイソーン(Boythorn)と、芸術家ハロルド・スキンポール(Harold Skimpole)がある。
- エイダ・クレア
ジョン・ジャーンディスの後見を受けている。エスターは元来彼女のお相手をするために荒涼館に招かれたのである。いとこのカーストーンと愛し合い、彼が裁判に関する心労で病気になってから秘密に結婚する。カーストーンの死後、彼女は男の子を生み、ジャーンディスの親切な世話を受けつつ育てる。
- リチャード・カーストーン
エイダと共にジョン・ジャーンディスの後見を受け、いろいろな職業につこうとするが、裁判の成り行きに心を奪われて落ち着かない。辣腕の弁護士ヴォールズ(Vholes)に騙され、ジャーンディスに反抗する。裁判が突然終結し、一文の遺産もはいらないことを知り落胆のあまり死ぬ。
- ハロルド・スキンポール
ジョン・ジャーンディスの友人。実務や金銭に無頓着なようなふりをし、友だちに寄生して生活している。美術や音楽の才があり、一応楽しい話し相手である。リー・ハント(Leigh Hunt)がモデルであると言われている。
- アラン・ウッドコート
若い外科医。船医としてインドヘ渡る前からエスターを愛していた。帰国後リチャード・カーストーンの助言者となる。浮浪児ジョー(Jo)の最期を見取る。ジャーンディスの勧めでエスターと結婚し、イギリス北部に開業する。
- ジェリビー夫人
博愛主義者。アフリカの土人に文化を広めることや、ナイジャー(Niger)河畔にボリオブーラ・ガー(Borrioboola-Gha)という植民地を開くことに熱中し、家政や育児には全く無関心。彼女の仕事は、作者によって望遠鏡的博愛(telescopic philanthropy)と呼ばれている。長女カディー(Caddy)は、母親の書記をしていたが、ダンス教師プリンス・ターヴィードロップ(Prince Turveydrop)と結婚し、温い家庭を作る。
- プリンス・ターヴィードロップ
父親の虚栄と怠惰を支えるために、ダンス教師として働きづめの生活をしている。父親は「行儀作法の模範」で摂政時代(Regency)の遺物であり、摂政の宮(Prince Regent)に対する敬慕の念からむすこをプリンスと名づけた。
- レスター・デドロック卿(Sir Leicester Dedlock)
チェズニー・ウォールド(Chesney Wold)の邸の所有者。準男爵(Baronet)で、古い家柄を誇りとする。妻の家出のショックで中風になり、二度と回復しなかった。
- オノリア夫人(Lady Honoria)
レスター卿の妻、美しく高慢。エスターの母。
- タルキングホーン(Tulkinghorn)
デドロック家の顧問弁護士。デドロック夫人の過去の秘密を探ることに全力を挙げる。法律事務用品商スナグズビー(Snagsby)、浮浪児ジョー、射撃場主の「騎兵」ジョージ(Trooper George)、デドロック夫人のフランス人待女ホーテンス(Hortense)などから情報を得て、夫人の結婚前の秘密を知り彼女に面会するが、その直後に自宅で殺される。犯人は、情報提供に対する報酬の少ないのを怨んだホーテンスであった。
- ジョー
十字路掃除人で浮浪者。ホードン大尉の検屍に居合わせた。デドロック夫人に大尉の埋葬されている所を教えたのも彼であった。タルキングホーンにつきまとわれて逃げていてエスターに助けられるが、彼女の女中チャーリー(Charley)に天然痘をうつし、チャーリーからエスターも感染する。
- チャドバンド(Chadband)
空虚な弁舌を好む自称宗教家。妻と共にレスター卿を恐喝しようとしたが、バケット警部(Inspector Bucket)に阻止された。
- クルック(Krook)
酒飲みの古道具屋で、大法官(Lord Chancellor)という仇名。ホードン大尉は二ーモー(Nemo)の仮名で彼の家に下宿していた。ホードン関係の書類を法律事務員ガピーに譲る約束の夜、自然発火(spontaneous combustion)で蒸発する。
作品の梗概
この小説の全分量の約半分(三十四章)は全知の語り手によって現在形で語られ、あとの半分(三十三章)はエスター・サマーソンによって過去形で語られている。物語は、大法院におけるジャーンディス対ジャーンディス事件の裁判をもって始まる。デドロック家の顧問弁護士タルキングホーンが、レスター卿とデドロック夫人をロンドンの邸に訪ね、裁判の進行について語り、一枚の宣誓口供書を取り出す。これを見て夫人は失神しそうになる。その筆跡を、自分のかつての愛人のものだと知ったからであった。エスター・サマーソンが自分の身の上話を始める。不幸な少女時代を送った後、彼女は保護者のジョン・ジャーンディスに呼ばれてロンドンに出る。ロンドンでジャーンディスの被後見人のエイダ・クレアーおよび、エイダのいとこのリチャード・カーストーンに会う。エイダとカーストーンは愛し合っている。三人はジャーンディス家に住むことになる。大法院の裁判はいつになっても結着がつかず、ジャーンディスはこれに期待しなくなっているが、楽観的なリチャードは、裁判によって自分に財産がころげ込むものと信じている。エスターは、エイダおよびリチャードと共にフライト嬢(Flite)に会う。彼女もこの裁判の犠牲者で気が変になっている。また、三人はその夜ジェリビー夫人の家に泊り、彼女が家庭を顧みずに博愛事業に没頭している様を見る。フライト嬢が自分の下宿の主人クルックに三人を引き合わせる。
エスターはやがて荒涼館の有能な家政婦になり、エイダとリチャードに信頼され、ジャーンディスにも何かと相談を受けるようになる。彼女は、金銭問題では子供に過ぎないと称するスキンポールに会う。彼が借金のために逮捕されると、人のいいリチャードがそれを払ってやる。
デドロック夫人とエスターとのつながりが明かされる。法律書記ガピー(Guppy)はエスターに心を奪われるようになるが、デドロック家のチェズニー・ウォールドの邸を訪れ、デドロック夫人の肖像を見て、だれかに似た顔だと思う。しかし、だれの顔かはっきりしない。彼はエスターに求婚し、断わられる。
デドロック夫人が強い衝撃を受けた宣誓口供書について、タルキングホーンが調査を始める。それが、ニーモーと称する、クルックの下宿人であることを知り、訪ねて行ってみると彼は死んでいる。彼の書いた書類は全然見つからない。浮浪児のジョーは、生前のニーモーに親切にされていたので、その検屍のとき証言させられる。タルキングホーンがデドロック夫妻に事件を報告するが、夫人は無関心を装う。
リチャードは、医者、法律家、軍人などの職を次々に志すが、一方、裁判が終結すれば金持ちになり、エイダと結婚できるものと信じている。エスターは、フライト嬢を通して知り合った若い医師ウッドコートを愛するようになる。ジョーは、ヴェイルをかぶった婦人が彼に金をくれて、ニーモーの墓に案内させたことをタルキングホーンに告げる。タルキングホーンの部屋で、同じような服装をした女性を示され、ジョーは、その服は確かに見覚えがあるが、その女性は知らないと言う。実は、この女性はデドロック夫人の侍女ホーテンスで、彼女は、夫人が別の女中ローザ(Rosa)をかわいがるので夫人を恨んでいるのであった。タルキングホーンは彼女や、デドロック邸の家政婦のむすこジョージ・ラウンスウェル(George Rouncewell)などを利用してニーモーに関する秘密をさぐり、それによってデドロック夫人を恐喝しようと考えている。
ガピーがデドロック夫人を訪ね、エスターが夫人の娘であること、エスターの本当の姓はホードンであり、ニーモーとはホードン大尉の仮名であることがわかったと告げる。
エスターと彼女の女中チャーリーは煉瓦工の妻ジェニー(Jenny)を訪ね、そこでジョーが熱病で苦しんでいるのを見る。二人はジョーを荒涼館に連れて来るが、彼はその夜逃走する。チャーリーは彼の天然痘に感染し、その看護をしたエスターも同じ病気にかかる。エスターの病気は治るが、顔があばたで醜くなったため、ウッドコートのことは諦める決心をする。彼女は初めてデドロック夫人に会い、夫人はやさしく彼女をいたわった後、自分たちの関係が知られるといけないから二度と会うまいと言う。ガピーはエスターの容貌が変わったのを見て、彼女に対する気持が冷める。
ホードンの書類を手に入れようとして、ガピーとその友だちがクルックの家に行くと、クルックは自然発火で死んでいる。タルキングホーンは、ホードンの筆跡の見本をジョージ・ラウンスウェルから譲り受ける。彼はデドロック夫人に、彼女がチェズニー・ウォールドを離れない限り、彼女の秘密を予告なしに暴露することはしないと約束する。タルキングホーンは、ホーテンスから、彼女が助力した代償に新しい勤め口をさがしてくれとせがまれている。彼は、デドロック夫人にもう一度会うが、その翌朝自分の部屋で何者かに射殺される。ジョージ・ラウンスウェルが犯人として逮捕されるが、バケット刑事が真犯人はホーテンスであったことを突き止めて彼女を逮捕する。
デドロック夫人が家出する。ガピーが、彼女の秘密が数人の者たちに知られたと話したからである。バケットがエスターと共に夫人をさがしに出かけ、夫人がジェニーと服装を交換したため見つけるのに手間どるが、ついにホードンの墓の入口に死んでいるのを発見する。
大法院の裁判は結着するが、問題になっていた財産は訴訟費用として全部なくなってしまったことがわかる。カーストーンは秘密にエイダと結婚していたが、この結果に失望して死ぬ。
エスターは一旦ジャーンディスの求婚を受け入れるが、結局は彼女を愛していたウッドコートと結婚する。
- このページは宮崎孝一『ディケンズ:後期の小説』(東京:英潮社、1977) から取ったものです。転載を日本支部に快く許可してくださいました宮崎孝一氏に感謝いたします。
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