DOMBEY AND SON
『ドンビー父子』
主な登場人物|作品の概要
主な登場人物
- ポール・ドンビー(Paul Dombey)
この小説の主人公。シティーでドンビー父子商会を経営している尊大な男。彼の望みは、後継者としての息子を得ることである。幼いポールの誕生は、娘フローレンスに失望していた彼を狂喜させる。しかし、ポールは生来虚弱な体質で、幼くして亡くなる。その後、美貌の未亡人イーディス・グレンジャーと再婚するが、彼女も気位が高く、結婚生活は不幸なものとなる。腹心の支配人ジェイムズ・カーカーを通して、彼女を屈服させようとして、かえって彼女の反発を招き、カーカーと駆け落ちされる。家庭的破綻に打ちのめされた彼は、フローレンスを家から追い出す。会社経営への関心も失い、ドンビー父子商会は破産する。自暴自棄となった彼が自殺を図ろうとした時、今は結婚して一人の子をもうけたフローレンスに助けられ、彼らとともに暮らすことにする。
- ポール・ジュニア(Little Paul)
父ドンビーがその誕生を望んでいた子で、ドンビー父子商会の後継者。母親ファニーは彼を産むと亡くなったので、乳母に育てられる。早熟だが、虚弱体質のため、空気のよい海浜の町ブライトンで暮らすことになる。最初は、姉と共に、ピプチン夫人の寄宿舎で、後には姉と別れてブリンバー博士の寄宿学校で過ごすが、健康は回復に向かわず、むしろここでの詰め込み教育の弊害から、一段と体調を悪くする。ロンドンに移ってからも、姉の看病にもかかわらず、次第に衰弱し、ついに亡くなる。
- フローレンス・ドンビー(Florence Dombey)
ドンビーの娘で、この小説の女主人公。もともと父ドンビーから顧みられなかったが、幼い弟ポールが彼女を慕うにつれ、ドンビーの彼女への無関心は嫌悪へとエスカレートする。しかし、ドンビーの再婚相手継母イーディスとは仲睦ましい。それがさらに彼の不興を募らせる。イーディスが駆け落ちをした時、父を慰めようとしてかえって怒りを買い、ウォルターの叔父ソル・ギルズの家に救いを求める。そこでは、カトル船長が留守を預かっている。ここに滞在する間に、溺死したと思われたウォルターが戻り、二人は一層親密となり、やがて結婚し、彼とともに東洋に向かう。帰国して二人は、家庭崩壊と会社の倒産に打ちのめされたドンビーを慰め、父と娘は和解する。
- イーディス・グレンジャー (Edith Granger)
ドンビーの再婚相手。十八歳でグレンジャー大佐と結婚したが、二年目に夫を亡くす。その後は、母親スキュートン夫人に同伴し、温泉場を渡り歩く。バグストック少佐を介してドンビーと再婚するが、彼女の気位の高さとドンビーの高慢さとは常に衝突し、結婚生活は不幸である。支配人カーカーを通してドンビーが屈辱的な要求をしたのに対して、駆け落ちという強硬手段で復讐する。しかし、駆け落ち相手のカーカーも振り切り、最終的に従兄弟のフィーニックスのもとに落着く。
- ジェイムズ・カーカー(James Carker)
ドンビー父子商会の支配人で、ドンビーが最も信頼を寄せる人物。兄(ジョン)と妹(ハリエット)には、冷たい態度をとる。フローレンスとウォルターに対するドンビーの不快な気持ちを煽り立てるなど、密かに卑劣な行為を行う。ついには、ドンビーの再婚相手イーディスと駆け落ちを決行し、彼の信頼を裏切る。しかし、ドンビーに知られ、一度は逃れるが、イギリスの田舎の停車場で追い詰められ、突進して来た列車に轢かれる。
- ウォルター・ゲイ(Walter Gay)
ソル・ギルズの甥。若くしてドンビー父子商会で働く内に、道に迷ったフローレンスを助け、以後彼女の信頼を得る。彼女を通して、幼いポールとも親しくなる。このことが、ドンビーの不興を買い、西インド諸島へ飛ばされる。彼が乗った船は座礁するが、幸い別の船に救助され、無事叔父の家に戻る。そこで、フローレンスと再会し、愛を育んだ二人は、やがて結婚して東洋に赴く。後にイギリスに戻った二人は、ドンビーと和解し、幸せな家庭を築く。
- カトル船長(Captain Cuttle)
世間ずれのしていない引退した船乗り。船具商のソル・ギルズとその甥ウォルターと深い友情でつながれている。右手の先は鉄の鉤がついており、頭にはテカテカの帽子が乗っている。聖書や祈祷書などを誤って引用しては悦に入っている。ギルズが店から姿を消してからは、そこへ移り、父親のもとを逃れてきたフローレンスをかばい、西インド諸島へ行ったウォルターを待つ。無事彼が戻り、ギルズも帰ってからは、ギルズのパートナーとして店をもりたてる。
- バグストック少佐(Major Joseph Bagstock)
食欲旺盛、太っており、すぐに息があがってしまう癇癪持ちの退役軍人。ことあるごとにインド人の召使を苛んでいる。トックス嬢にアプローチするが、相手にされない。社交界やクラブに出入りしていることを仄めかしながら、ドンビーに取り入り、イーディスを再婚相手に勧める。その結婚が失敗に終り、ドンビーが破産したのを知ると、彼を見捨てる。彼の口癖は「タフで悪賢い」というものである。
- ソル・ギルズ (Solomon Gills)
ウォルターの叔父。海軍将校候補生の木像を看板にしている船具商。伝説の成功者ホイッテントンにならって、ウォルターが出世することを夢見ている。彼が西インド諸島へ向かったまま消息を断つと、店をカトル船長に任せたまま、ウォルターの跡を追ってあてのない旅に出る。ウォルターが無事帰国する段になって戻って来る。以後、カトル船長をパートナーとして店の経営に精を出す。
- ルイーザ・チック (Loisa Chick)
ドンビーの姉。夫ジョンとは「似合いの、ギブ・アンド・テイクのカップル」と言っているが、口論が絶えない。ドンビー家の誇りを身につけており、ドンビーの先妻ファニーを「生きる努力が足りない」と軽蔑し、フローレンスに対しても、ドンビー父子商会の後継者になれないとして否定的である。親しくしていたトックス嬢が、密かにドンビーの再婚相手の座を狙っていることを知り、彼女と絶交する。
- ルクリーシア・トックス(Lucretia Tox)
チック夫人の親友で中年の未婚女性。プリンセス・プレイスで、バグストック少佐の向かいのアパートに住んでいる。密かにドンビーの再婚相手になることを願っていたが、それは果たされない。それを知ったチック夫人から交際を断たれるが、ドンビーが破滅した後も、彼に対する気持ちは変わらない。後に、トゥードル家の子供たちの面倒を見るようになる。
- ロブ・ザ・グラインダー(Rob the Grinder)
トゥードル家の長男。本名ロビン。母親ポリーがポールの乳母になったことから、ドンビーの推薦でグラインダー慈善学校に入ったが、この学校の教育について行けず退学してからは、親の目を盗んで悪さをするようになる。ドンビー父子商会に近ずき、支配人カーカーに個人的に雇われて、ソル・ギルズの店を探ったりする。イーディスとカーカーの駆け落ちの手助けをするが、ブラウン夫人に脅かされ、二人の居所を白状してしまう。カーカーの死後、トックス嬢に拾われ、彼女の召使として働く。
- ブラウン夫人(Mrs.Brown)
皮肉っぽく「善良なブラウン夫人」と呼ばれているが、物乞い、盗み、盗品売却などで生活している。若い時、イーディスの叔父に誘惑され、女の子を産む。アリス・マーウッドと名付けられたその子は、イーディスにうりふたつの美貌を持つが、盗みの罪で島流しになる。彼女の帰りを待つ間に、娘を誘惑したカーカーのことを知ったブラウン夫人は、カーカーたちの秘密を暴いて彼に復讐する。
作品の梗概
ドンビー氏はドンビー父子商会のワンマン経営者である。高慢で、堅苦しく、めったに感情を表わさない男だったが、ポールと名付けられた息子の誕生は彼を狂喜させる。彼は長い間ドンビー父子商会の後継者となる息子の誕生を待ち望んでいたのである。夫人が息子を産んですぐ亡くなった時でさえ、彼はそれほど悲しまない。彼の心はいの日か事業を引き継ぐであろう幼い息子にひたすら向かっていた。ドンビーにはフローレンスという娘がいたが、彼にとってほとんど価値のないものであった。彼女はドンビー父子商会において意義のある地位を占めることはないからである。
幼いポールは最初乳母の手に委ねられたが、信頼がおけないという理由で彼女は解雇される。その後、彼の世話はドンビーの姉チック夫人とその友人トックス嬢がみることになる。二人がいろいろ面倒をみるにもかかわらず、幼いポールの健康ははかばかしくない。彼はどこか覇気がなく子供の遊びなどには目もくれない。父親はフローレンスを付き添わせ、彼を空気のよい海辺の町ブライトンのぺプチン夫人の寄宿舎へやることにする。
ドンビーが娘フローレンスを嫌うにもかかわらず、幼いポールは姉を慕い、二人はいつも連れ立っている。ポールがフローレンスを慕えば慕うほど、父親は娘を忌避するようになる。彼女が自分とポールの間を割くように思えたからである。
ある週末、ドンビーがブライトンを訪れ、ホテルで子供たちと食事をしている所へ、ドンビー父子商会で働いている若いウォルター・ゲイがやって来る。彼は以前、道に迷ったフローレンスを老いた女泥棒から救ったことがあった。彼の叔父の店が破産の危機に瀕していたため、ドンビーに借金を申し込もうとやって来たのである。ドンビーは六歳のポールに決定を委ねる。ポールがフローレンスに判断を仰ぐと、貸してあげるように言うので、彼はそう父親に進言する。
ほどなくして、ポールはできるだけ早く教育を身につけるために、ブライトンのブリンバー博士が経営する寄宿学校に送られる。ポールはここでの学習について行けず、1年も経たないうちに彼の体は一段と衰えてしまう。思い余った父親が、彼をロンドンに戻した後も、彼の体調はすぐれず、一向に好転するきざしは見えない。数ヶ月後、ポールは亡くなり、父親もフローレンスもその死を嘆き悲しむが、その理由は別々である。
ドンビーは息子の死を将来計画の挫折ととる。彼の姉とその友人は気晴らしに温泉地レミントン行きを提案する。それには退役軍人バグストック少佐が同行するこになる。レミントン滞在中、二人はイーディス・グレンジャーという若い未亡人とその母親に偶然出会う。バグストック少佐は母親とは旧知の間柄であった。ドンビーはすぐにイーディスに求婚する。彼女がその美貌と家柄によって自分の家を飾る存在と考えたからである。経済的に恵まれた生活を願う老いた母親に説き伏せられて、イーディスは愛情のないまま最終的にドンビーの求婚を受け入れる。
フローレンスはブライトンで偶然再会した後もしばしばウォルター・ゲイと会っていた。弟の死後、彼女は彼を亡き弟の代わりの兄とみなしていた。しかし二人の関係は、ドンビーによってウォルターが西インド諸島へ飛ばされることで一時途絶える。数年間経ってもウォルターが乗った船の消息は一切ないので、人々は皆船が沈み、彼は溺死したものと考えるようになる。
一方、ドンビーたちの結婚は始めからうまくゆかなかった。イーディスは気位が高く、自分を支配しようとしたり、自分を商品扱いするドンビーの態度に屈服せず、あらゆる面で彼に抵抗する。ドンビーはもったいをつけて、イーディスと直接話し合うのを避け、支配人のジェイムズ・カーカーに、彼女の振る舞いに不満であることを伝えさせようとする。カーカーは、イーディスがドンビーの意志に従わなければ、犠牲になるのはフローレスだと忠告する。その後、イーディスは、それまで仲むつましかったフローレンスに表向き冷たい態度をとるが、ドンビーに対しては、相変わらず拒否の態度を崩さない。ドンビーは再びカーカーを通してイーディスにすべてのことに関して自分の意志に従うよう強要する。
その結果、イーディスは公然とドンビーに盾突くようになる。ついに、彼女はカーカーと駆け落ちの形でドンビーのもとを去り、彼に仕返しをする。二人が姿を消した後、フローレンスは父を慰めようとするが、彼の激しい拒絶にあうだけである。父に殴られたフローレンスは、屋敷を出てウォルターの叔父、ソル・ギルズが経営する船具店に身を寄せる。その店ではギルズが姿を消しており、カトルという老船長が店を守っている。カトル船長はフローレンスをすぐ思い出して店に泊める。
ドンビーは、カーカーがかつて誘惑し捨てたある若い女から、妻とカーカーの居所を聞き出すと、二人をフランスまで追うが、彼らを見つけるまでにはいたらない。一方、イーディスはもはやカーカーと関わりたくないと強く彼を拒否し、それによって夫と彼に復讐するのだと宣言する。イーディスの拒絶にあったカーカーはイギリスに戻り、ドンビーの追跡を逃れて、田舎へ向かうが、ある停車場で、ドンビーに見つかってしまう。その時事故が起きる。彼は突進して来た列車に轢かれて死ぬ。
フローレンスは、ソル・ギルズの店でカトル船長と同居しながら、皆が死んだものと諦めているウォルターが無事戻って来ることをひたすら願っている。彼女の思いが通じ、ウォルターは突然無事な姿を見せる。彼が乗っていた船は座礁したが、たまたま中国へ向かう船に救助されたため、無事を知らせる機会がなかったのである。ウォルターは、留守の間に美しく成長したフローレンスに対して、兄という意識で接することはできないと告白する。彼に対して恋心を抱いていたフローレンスは、ウォルターのプロポーズを受け入れる。ウォルターは船の仕事も見つかり、二人は結婚して東洋に向かう。
一方、再婚に破れたドンビーは、その後会社経営に関心を失う。会社への関心の喪失は一段と彼を不幸へ追いやる。支配人カーカーは、会社の経営を任されていた頃、いくつかの取引に失敗し、会社は窮地に陥っていたからである。カーカーのまずい経営とドンビーの会社への無関心の結果、ドンビー父子商会は倒産する。その後、ドンビーは家に引きこもり、誰とも会おうとせず、しだいに絶望の淵へと追いやられてしまう。
ドンビーが自殺を決意したちょうどその日、フローレンスは1歳になる息子を連れて東洋から戻って来る。その子の名は幼くして亡くなった叔父の名をとってポールと名付けられていた。フローレンスと幼い子はドンビーの心を和ませ、元気付けた結果、彼は再び生きる希望を見出す。そして、娘とも和解したドンビーは、つらくあたったにもかかわらず、フローレンスが常に自分を愛情深く接してくれたことにやっと気付く。ウォルターはビジネスにも成功し、皆一緒に暮らすことになる。
(担当:青木健氏)
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