ディケンズ・フェロウシップ日本支部

MARTIN CHUZZLEWIT

『マーティン・チャズルウィット』

主な登場人物作品の概要
 

主な登場人物

作品の梗概

利己心が作品の中心テーマである。そして、利己心こそがイギリスの歴史と共に歩んできたチャズルウィット一族の際立った特質である。マーティンとアンソニーの老兄弟もそれを強く有する点で家名に恥じない。商会を営むアンソニーの一人息子ジョーナスもまた、幼い頃から金と利得だけを考えて行動するように教え込まれてきた。その結果彼は、父親の財産を早く自分のものにしたい一心で、老人の死を切に願うようにさえなる。マーティン老人は、周囲の人間は皆自分の財産をねらって画策していると疑い、同名の孫に対しても冷たく疑いの目を向ける。その結果、孫のマーティンもまた、彼同様、典型的なまでに利己的で頑固な若者に成長する。

マーティン老人は見かけほどには冷淡な人間ではないのであろう。彼は、メアリー・グレアムという孤児を引き取り、自分の付き添いにする。彼はその際の条件として、自分が生きている間は快適な生活を保障するが、死んだら何か残してもらえるなどと期待しないことだと、彼女に告げる。しかし内心は、彼女と孫のマーティンとの間に恋が育まれることを望んでいたのだった。ところがマーティン青年から、メアリーを自分の妻にと既に選んだと聞かされると、老人は、若い二人が自分たちだけの利己的な目的のために行動していると疑い、不快感を覚える。そこから祖父と孫との間に不和が生じ、孫は世間の荒波の中に出て行くことになる。

自活の道を探らねばならなくなったマーティン青年は建築家になろうと決心し、ペックスニフのもとに赴く。この建築家であり土地測量士でもあるペックスニフは、ソールズベリから程遠くないウィルトシャーの小村に住む人物である。彼は、多額の謝礼と法外な賄い付き下宿代で弟子を取り、生計を立てている。自分を道徳的人間だとして高く評価し、いかなる場合でも箴言を垂れるのを忘れない。彼とマーティン老人とはいとこ同士なのだが、過去に両者の間に不仲が生じ、現在は疎遠になっている。しかしペックスニフは、老人の財産を継承するであろうマーティン青年がひょっとしたら自分の二人の娘のうちどちらかと結婚してくれるのじゃないかと思い、謝礼金を一切取らず彼を生徒として迎える。

ペックスニフは実際に建物を建てたことは一度としてなかった。だが、彼が有能だという評判は揺るぎない。二人の気取った娘の名前はチャリティー、マーシーと言い、どちらも偽善的でさもしく、その点で父親そっくりである。彼の助手としてうまく使われているのが、生徒の頃から住みこんでいるトム・ピンチという、おとなしい、年の割に老けた製図工である。彼はペックスニフを偉大な人物として崇めている。

マーティン青年は、ジョン・ウェストロックと入れ違いにペックスニフの家に落ち着く。ウェストロックは生徒としてペックスニフの家にいたのだが、出て行ったのである。なぜなら彼は、ペックスニフを心底軽蔑していたからである。その一方でウェストロックは、正直で主人に忠実なトムに対しては好意を抱いていた。しかし新たにやって来たマーティンは、トムに対して、見くびったような保護者然とした態度を取る。それにもかかわらずトムは、純粋に善意でもって彼に接する。マーティンが到着したとき、トムはある女性への思いを告白するのだが、実は彼女こそ、誰あろう、マーティンの恋人メアリーだったのである。

マーティンが着いた次の日、ペックスニフと娘たちはロンドンに旅立つ。実はマーティン老人に呼ばれたためだった。老人はトジャーズ夫人の経営する古ぼけた、それでいて体面を保とうとしている下宿に彼らを訪ね、マーティン青年がペックスニフを騙そうとしている、即刻追い出すようにと言う。ペックスニフは、老人の態度が高圧的でかつ無礼なものであるにもかかわらず、好意を示され将来の遺産相続までも匂わされて、内心ほくそ笑む。

ウィルトシャーに帰った彼は、老人の意向に従い、マーティン青年に向かって、彼が気高き紳士を欺き、人を疑うことを知らない自分の性格を利用したと、高潔な態度で伝える。さらに彼は、自分の家はつましいながらも、忘恩者やぺてん師を保護するほど落ちぶれてはいない、と断言する。

再び宿無しになったマーティンは、職を得ようとしてロンドンに赴く。数週間が過ぎ、わずかばかりの蓄えはほとんど底をつく。とうとう、質草すらなくなった彼は、アメリカで一財産築こうと決意する。匿名で送られてきた20ポンドが旅の資金となる。ウィルトシャーの「青龍亭」の馬丁だった、陽気なマーク・タップリーが彼と旅をすることになる。しかしながらマーティンは、出立前に恋人メアリーに会わずにはいられない。彼女と会った彼は、トムに宛てた手紙を読んで聞かせる。その中で彼はトムに、メアリーと会うことがあったらくれぐれもよろしく頼むと書いていたのだった。

三等船室の乗客として、マーティンとマークは、ニューヨークに向けて惨めな航海をする。新大陸に着いたマーティンは、親切な医師ベヴァンを除いて、傲慢で噛みタバコをするアメリカ人を好きになれない。一日もたたないうちに、ここでは建築家として身を立てれないのじゃないかと思うようになる。

アンソニー老人が突然亡くなる。息子はできるだけ豪華な葬式をするように葬儀屋に命じる。セアラ・ギャンプが埋葬用に遺体を整えるために呼ばれる。彼女は太った、中年の、下町育ちの女性である。酒が大好きで、いつも話の中に友人のハリス夫人の言動を持ち出してくる。ただ、この夫人には誰ひとりとして会ったことがないのである。ジョーナスは葬式の際、父親に忠実だった老事務員チャフィーの言動に不安を覚える。

葬式の後、ジョーナスはペックスニフと共にペックスニフの家に行く。道中彼は、ペックスニフが娘たちに、結婚に際しては、十分な持参金をつけるということを聞き出す。彼は、二人のうちのどちらかに求婚するつもりでいる。ペックスニフはジョーナスが長女チャリティーと結婚してくれることを望み、そういう雰囲気だったのだが、ジョーナスはマーシーの方を選ぶ。そして、チャリティーは落胆と屈辱を味わい、二人に憎しみを抱く。その騒ぎの中、マーティン老人がメアリーを伴ってペックスニフを訪ねて来る。メアリーに会ったトムは、謙虚な態度で、彼女に恋心を抱く。ただマーティンとの友情が愛の告白を彼に禁じたのだった。結婚式の後、ジョーナス夫妻はロンドンに戻るが、ほどなくして、彼は妻につらくあたり、暴力さえ振るうようになる。

ジョーナスは、アングロ・ベンガル公正貸付生命保険会社の事務所で、会長のティッグ・モンタギューに会う。この人物は実は、モンタギュー・ティッグというぺてん師で、ジョーナス自身、以前ペックスニフの家で、やくざないとこチェヴィー・スライムと一緒にいるのを見ていたのである。会社は気前よく配当金を払って客を信用させておいて、裏では詐欺行為を推し進めているのである。この計画をモンタギューから聞かされ、出資して加わらないかと誘われたジョーナスは、同意する。しかしモンタギューは、この新しいパートナーを自分の意のままに操ろうとした。そこで彼は、会社の調査員ナジェットに命じて、ジョーナスに関する情報を集めさせる。

ジョーナスには人に知られたくない罪深い秘密があったのだ。父親が死ぬ前、彼はばくちで負けて彼に借金していたリューサムという若い医師から毒薬を手に入れ、それを用いて父親の毒殺を図ったのだった。実際には父親は息子の陰謀に気づき、己の教育の過ちを涙ながらにチャフィーに訴えたのだったが、それを服用することはなかった。だがそうした事情を知らないジョーナスにしてみれば、この件が明るみに出れば、自分自身父親殺しの罪から逃れられなくなる。この秘密がナジェットによってモンタギューの知るところとなり、彼はジョーナスを支配することができるようになったのである。

ウィルトシャーでは、チャリティーがロンドンに去り、ペックスニフはマーティン老人とメアリーを家に迎え入れる。マーティン老人の健康が衰えてくる。耄碌が際立ってくると、ペックスニフは老人の財産を我が物にする機会を窺うようになる。彼は自らの立場をさらに確固たるものにしようと、メアリーとの結婚を図る。しかし彼女は、彼の執拗な求婚に恐れと不快感を募らせるばかりだ。彼女が耐え切れずトムにこのことを告げると、彼はようやくペックスニフが偽善者の悪党であることを悟る。二人の会話を盗み聞いたペックスニフは、この件が老人の耳に入る前に、トムが不埒にもメアリーに言い寄ったと老人に伝え、トムを解雇する。チャリティーはトジャーズの下宿に落ち着き、不幸に陥った妹への当てつけに、マーシーに失恋し悲嘆に暮れるモドルをうまく騙して婚約にこぎつける。

一方アメリカでは、マーティン青年とマークは苦しい日々を送っている。彼らは金をはたいてエデンという地に土地を買ったのだが、着いてみると、そこは沼沢地に差しかけ小屋が点在する不毛の地であることが分かる。周旋屋に騙され、将来への希望をなくしたマーティンは熱病にかかる。マークの看護のお陰で回復したのだが、今度はマークが病に倒れる。友の看護を通して彼は、自分の性格上の欠点、そして夢がはかなくもついえた真の原因がどこにあるのかを悟るようになる。アメリカに来てから既に一年の歳月が流れていた。マーティンの人間的成長を経て、二人の旅人はいよいよ母国に帰ってゆく。

トムは妹ルースに会うためにロンドンに出る。妹が家庭教師先で粗略に扱われているのを見た彼は、彼女を連れ出し下宿で共同生活を始める。そして、旧友ジョン・ウェストロックに仕事を見つけてくれるように頼む。ところが、ジョンの助けを待つまでもなく、謎の人物が彼を図書の目録作りに雇ってくれる。

マーティン老人の耄碌がますますひどくなっていた頃、彼に会うためにマーティン青年がマークと連れ立ってペックスニフの家を訪れる。青年は祖父と和解しようと試みるが、今や老人に対して支配権を確立しているペックスニフが割って入り、老人は青年が欺瞞に満ちた悪党であることを知っていらっしゃる、自分の目の黒いうちはこの病の老人が不当な扱いを受けるのを黙って見過ごすわけにはいかない、と言う。なす術もなくロンドンに向かったマーティン青年とマークは、そこでトムとルースに出会う。病に伏せるリューサムの告白を聞いたマーティンは、ジョーナスへの疑惑を確かめる方法をジョンと探る。

ジョーナスはモンタギューの支配から逃れるために海外への高飛びを企てるが失敗し、それどころか、会社にさらに出資するよう強要され、ペックスニフの金をだまし取る計画に加担させられる。自暴自棄に陥った彼は、この忌み嫌う男を始末するための計画を練る。二人はウィルトシャーに赴き会社への投資をペックスニフに同意させる。そして、ジョーナスはロンドンに帰り、ティッグだけが折衝の最後の仕上げに残る。ところが二日後、田舎者に変装したジョーナスは再び密かにウィルトシャーに戻り、宿屋に歩いて帰る途中のティッグを殺害する。死体を森に残し、駅伝馬車に乗った彼は早朝のロンドンに到着する。しかし、彼にずっと監視の目を光らせていたナジェットは、ジョーナスが家から出て帰って来るのを見ていたのだった。ナジェットはジョーナスが旅の最中に着ていた服をテムズ河に処分したときも、後をつけていたのだ。

奇跡のごとくに心身ともに回復したマーティン老人は、悪を正すために突然ロンドンに出て来る。彼の耄碌は演技だったのだ。トムを雇っていた謎の人物が彼だったことも明らかにされる。老人はジョン、リューサム、マークと共に、父親殺しのかどでジョーナスを責める。実際にはアンソニーは息子によって殺されたわけではないことがチャフィーによって明らかにされるが、その直後にナジェットを先頭に警官の一団が現れ、ティッグ殺しでジョーナスを逮捕する。この卑劣漢は万事休すと悟り、リューサムから得ていた毒の残りをあおり自害する。

翌日マーティン老人は関係者すべてを集めた。ペックスニフが部屋に入って来て老人の手を取ろうとした瞬間、厳格な老人はステッキで彼を床に打ちすえ、彼がこれまでしてきた偽善的振舞を弾劾し、彼の化けの皮をはがす。孫との間には和解が成立する。

幸福を受けるに値する人々には幸せがもたらされる。マーティン青年とメアリーは結婚し、ジョンとルースもそれに続く。マークは「青龍亭」のおかみルーピン夫人と結婚する。マーティン老人はマーシーを不憫に思い、娘のように面倒をみてやる。そして誠実な友に囲まれた余生を送る。しかしペックスニフには幸福は訪れない。いんちき会社に投資した結果、ペックスニフは破産し、飲んだくれの、トムに物乞いの手紙を書くさもしい老人と成り果てる。妹に憐れみをかけず、モドルとの結婚によって優越感に浸ろうとしたチャリティーは結婚式当日モドルに捨てられていた。その娘と一緒に住むペックスニフは、彼女から毎日ガミガミ言われ、家父長としての権威を完全になくし、惨めな余生を送るのである。善良なトムはどうなのか。彼が結婚することはない。だが、誰からも愛され尊敬される彼は妹一家と幸福な日々を送るのである。 

(担当:田中孝信氏)

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