ディケンズ三作目の長編小説。
執筆は1838年2月から1839年9月。チャップマン・ホール社 (Chapman and Hal) により
1838年3月から1839年10月まで月刊分冊で発売。
執筆の契機はヨークシャーの
寄宿学校 (Yorkshire schools) 問題。私生児などが厄介払いのために送られ、日常的
に虐待されていることが社会問題となっていた。1838年にディケンズはイラストレー
タのフィズ ("Phiz") と共にヨークシャーに赴き、寄宿学校を直接視察し
た。その際、スクィアズのモデルとされるショー (William
Shaw) に会った。
また、クラムルズと彼の率いる旅役者一座のエピソードは、主筋との関係は皆無とい
っていいが、ディケンズの小説に深く浸透している演劇的特質が顕在化したものとし
て注目される。
主人公のニコラスは十九歳の若者である。彼と母親のニ
クルビー夫人、妹のケイトは、父が死んで困窮したため、叔父のラルフ・ニクルビー
を頼って、田舎からロンドンへと出てくる。ラルフは冷酷非情な高利貸しで、貧しい
親戚のニコラス一家を迷惑としか考えず、みすぼらしい借家に住まわせる。さらに、
ラルフは、生意気な若造だと反感を感じているニコラスを友人のスクィアズが経営す
るヨークシャーの寄宿学校へ助教師として働きにやらせる。スクィアズの学校は、私
生児などの「じゃまな子供」を高額の寄宿料で受け入れ、その生徒たちを虐待してい
る場所であった。ニコラスは嫌悪感を感じるが、ラルフへの義理があるので、しばら
くの間ここでの生活に耐えている。その間、スクィアズの娘のファニー (Fanny) から
秋波を送られるが、冷淡な態度をとる。スマイクという虚弱で知能も弱い少年がむち
打たれるのを見て、ついにニコラスは堪忍袋の緒が切れて、スクィアズを打擲し、ロ
ンドンへ向けて出奔する。スマイクも彼を慕って同行することになった。ロンドンに
着いたニコラスは、ラルフに雇われている親切な落ちぶれ紳士、ニューマン・ノッグ
ズの世話で、象牙細工師のケンウィグズ家 (the
Kenwigses) で家庭教師となる。
一方、ケイトは、ラルフの世話で婦人服仕立屋マダム・マンタリーニ
(Madame Mantalini) のところでお針子として働かされている。ラルフはケイトの美貌
を利用して金儲けをもくろんでおり、サー・マルベリー・ホーク (Sir
Mulberry
Hawk) とフレデリック・ヴェリソフト卿 (Lord Frederick Verisopht) という二人の若
い放蕩貴族に彼女を紹介する。彼らの好色な視線にさらされたケイトは懸命に屈辱に
耐えている。
人生の航路を定められないニコラスは、船員になろうと考え、
スマイクと共にブリストルに向かうが、途中で旅役者一座の支配人ヴィンセント・ク
ラムルズと知り合い、その一座に加わることになった。俳優としての才能があるニコ
ラスは芝居で成功をおさめ、座付き作家として脚本も書くことになる。スマイクもま
たその哀れを誘う風貌のために、感傷的な役柄で成功する。しかし、ニューマン・ノ
ッグズからの手紙で急遽ロンドンに呼び戻されたニコラスは、ある酒場でマルベリー
・ホークとヴェリソフト卿がケイトの噂をしているのを偶然耳にする。彼らがケイト
に対して邪悪な欲望を抱いていることに激怒したニコラスは、二人と争いになり、ホ
ークは落馬して重傷を負う。
ケイトと母親のニクルビー夫人をラルフから引
き離したニコラスは、細密画家のミス・ラ・クリーヴィ (Miss La Creevy) の家に下宿
することになる。職探しに職業紹介所を訪れたニコラスは、初老の紳士チアリブル兄
弟と知り合い、彼らの事務所で働くことになる。この双子の兄弟は慈善事業家でもあ
り、ニコラス一家のために何くれとなく面倒を見てくれる。商会の老事務員で二人の
信頼の厚いティム・リンキンウォーター (Tim
Linkinwater) から勤勉な仕事ぶりを認
められたニコラスは十分な給料を与えられ、ニクルビー夫人とケイトは郊外の瀟洒な
家に住まうことになった。この家の隣家の男は明らかに狂人だが、なぜかニクルビー
夫人に懸想し、夫人の方も、まだ自分に男を引きつける魅力がある証拠だといたく満
足。そのために滑稽な一騒動が起こる。
ロンドンにやってきたスクィアズ
は、ラルフと共謀して、スマイクをヨークシャーに連れ戻そうとして彼を捕らえる。
しかし、ニコラスと彼のヨークシャー時代の友人でロンドンに新婚旅行に来ていたジ
ョン・ブロウディ (John
Browdie) が協力してスマイクを救出する。以前から肺病を患
っていたスマイクは病状が悪化して次第に衰弱していく。数ヶ月後、スマイクはケイ
トへの報われない想いをニコラスにうちあけた後、彼にみとられて息を引き取る。
ニコラスはチアリブル商会を訪れてきたマデリン・ブレイという美しい娘と
出会い、一目で恋に落ちる。彼女は破産した貧しい父親と暮らしているのだが、ここ
にもラルフの魔手が伸びていた。彼は借金を帳消しにすることと引き換えにマデリン
を仲間の高利貸しで醜悪な老人グライドと結婚させようと図る。父のために犠牲にな
ろうと決意したマデリンであったが、結婚式の当日に父親のブレイ氏が心臓発作で急
死し、ニコラスは彼女を救出して母と妹の家へ連れ帰る。
マデリンは実は莫
大な資産の相続人であり、それを証明する遺言状をグライドが隠匿していたのだが、
それをマデリンに嫉妬したグライドの家政婦が盗み出していた。それを知ったラルフ
は、スクィアズにその書類を盗み出させるが、チアリブル兄弟の甥フランクとニュー
マン・ノッグズに発見され、警察に突き出される。マデリンが資産家であることが判
明して、ニコラスは自分とは身分違いになったと感じる。一方、フランクと相思相愛
の間柄となっていたケイトも、彼がニコラスの雇い主の甥であり自分よりはるかに裕
福であるため、彼の求愛を受け入れられない。
二組の若いカップルの苦難
は、理解あるチアリブル兄弟の尽力で解決され、ニコラスとマデリン、ケイトとフラ
ンクは同じ日に結婚式を挙げる。ティム・リンキンウォーターも数週間後にミス・ラ
・クリーヴィと結婚することになった。
ラルフは、グライドと企んだ陰謀が
あばかれた上、さらに衝撃的な事実を知る。実はスマイクは昔彼が秘かにある女性に
生ませ、乳飲み子のときに死んだと思っていた実の息子であったことが、かつての雇
い人の証言で明らかになったのである。嫌悪していた甥のニコラスがスマイクを助け
て面倒を見ていたことも分かり、悔悟と憎しみと絶望に苛まれたラルフは屋根裏で首
を吊って自殺する。
スクィアズは流刑となり、彼の寄宿学校は生徒たちの暴
動が起こって、廃校となる。サー・マルベリー・ホークとヴェリソフト卿はケイトを
めぐって決闘し、ヴェリソフト卿は殺され、ホークは国外へ逃亡する。老グライドは
押し込み強盗に殺される。ニューマン・ノッグズは落ちぶれ紳士から再び本物の紳士
の地位を回復する。ニコラスは妻マデリンの資産をチアリブル商会に投資して成功
し、チアリブル兄弟の引退後にはフランクと共に商会の共同経営者となる。
(担当:原 英一氏)