ロチェスターでは、その夜彼らの泊まる宿屋で舞踏会が催され、美しい女性が大勢やってくるということだった。到着後ジングル氏からそのことをきかされて、タップマン氏の興味がむくむくとわき起こった。このときジングル氏は、荷物をどこかで紛失してしまったので夜会服がなく、舞踏会に出られないと言う。ここにやってくる上流の金持ち娘たちを大勢タップマン氏に紹介しようと思っていたので、困ったことになったというのである。タップマン氏はこの娘たちに会いたい一心で、ジングル氏のためにウィンクル氏の衣装を借りてやった。舞踏会の場でジングル氏は、一人の医者が中年婦人にしきりといいよっているのを目にする。この婦人の注意を自分の方に惹きつけるのに成功したジングル氏は、婦人とダンスをしてこの医者を怒らせてしまう。すっかりはらをたてたこの紳士は、ドクター・スラマーだと名乗って、ジングル氏に決闘を申し込んだ。翌朝、ジングル氏の着た衣装の特徴を聞かされていた一人の召使いが、ウィンクル氏を見つけてこう言った、前夜ひとりの酔っぱらいが無礼にもドクター・スラマーを侮辱したため、ドクターはその男、つまりウィンクル氏が決闘の場に現れるのを待っている、と。ウィンクル氏も前夜はすっかり酔っぱらっていたのでもう覚えてはいないけれど、何かみっともないことをしでかして呼び出されているのだと判断した。スノッドグラス氏を介添えにたのみ、ウィンクル氏はおびえながら決闘の場に臨んだ。でも、ウィンクル氏はほっと胸をなで下ろした。というのも、ドクター・スラマーがこの男ではないときっぱり言い放ったのだ。話が食い違うところがかなりあったが、納得いくまで事情が説明されて、流血をみることもなくその場はなんとか収まった。
その日の午後、観兵式を見物に出かけた旅行者たちは、そこで馬車にのったウォードゥル氏に出会った。同乗していたのは、彼の二人の娘と彼の妹であり、この妹というのがころころとよく太った老婦人であった。タップマン氏は、この老婦人にいたく関心を示して、農場に囲まれた自分の屋敷、「マナー・ファーム」においで下さらないかというウォードゥル氏の招待を、友人たちになりかわって受け入れた。 翌日四人のピクウィック・クラブのメンバーは、彼らが滞在していた宿屋からほぼ十マイルのところにある農場に出かけた。馬の扱いに多少難儀したせいで、マナー・ファームに着いたときにはすっかりみっともない格好になっていたのだが、まもなくウォードゥル氏の屋敷で働いている女たちが親切に洗濯と繕いをしてくれた。その夜、彼らはホイストを心ゆくまで楽しみ、タップマン氏はテーブルの下でウォードゥル老嬢の手をギュッと握りしめた。
翌日、ウォードゥル氏はお客たちを連れてミヤマガラスを撃ちに出かけた。怖じ気付いたところを人に見せたくないウィンクル氏は、腕試しにと鉄砲を手渡され、タップマン氏の腕を撃って、実力のほどを証明した。ウォードゥル嬢は傷ついたこの男の介抱を申し出た。安心して任せられる人の手に友人がゆだねられたのを見届けて、他のメンバーは近くの町で行われるクリケット試合を見物しに出かけた。そこでピクウィック氏は思いがけずジングル氏と再会し、マナー・ファームに戻るウォードゥル氏は同行しないかと彼を誘った。
ウォードゥル嬢が大金を持っているとにらんだジングル氏は、タップマン氏のもくろみを彼女に歪曲して伝えると、自分と一緒に駆け落ちするよう説き伏せた。ウォードゥル氏とピクウィック氏は、二人を追ってロンドンまで行った。そこで、ウォードゥル氏の弁護士、パーカー氏の助けを借りると、彼らは二人を捜して一軒一軒宿屋を訪ね歩いた。とうとう彼らは、白鹿亭の中庭で靴を磨いていた、目鼻立ちの鋭い若者の口からウォードゥル氏の居場所を突き止めることができた。怒りの収まらない彼らがジングル氏と対面したのは、まさに彼がウォードゥル嬢に結婚許可書を見せようとしていたときである。激しいやりとりがあって、結局ジングル氏は、120ポンドと引き替えに結婚をあきらめることになった。ウォードゥル嬢は涙ながらにマナー・ファームに帰ることになった。ピクウィック・クラブの面々はロンドンに戻り、ピクウィック氏はサム・ウェラーを召使いとして雇った。白鹿亭で靴を磨いていた、あの鋭く、抜け目のない若者である。
ピクウィック氏はこの悪辣なジングル氏とまもなく再会する運命になっていたらしい。あるときレオ・ハンター夫人が、学識深いピクウィック氏と彼の友人たちをパーティーに招待することになり、そこでピクウィック氏はジングル氏を見つけたのである。ジングル氏はこの知人を目にすると、人混みの中へ姿をくらました。ハンター夫人が以前ピクウィック氏に、ジングル氏はベリー・セント・エドマンヅに住んでいると話したことがあった。ピクウィック氏は召使いのサム・ウェラーと一緒に追跡に出かけた。というのも、ジングル氏は新たなペテンをもくろんでいるかもしれず、是非ともそれをくい止めようと決心したからである。ジングル氏が滞在しているという報告のあった宿屋で、はからずもピクウィック氏は、ジングル氏が近くの寄宿学校にいる、若い金持ち娘と駆け落ちすることを目論んでいるのを聞き込んだ。ジングル氏は娘を庭から拉致しようと企んでいるのだが、ピクウィック氏が娘を救い出したいなら、この庭に潜んでいてはどうかという提案が出され、氏はそれに同意した。ところが、彼が庭に忍び込んでみても、怪しげなことはいっこうに起こりそうにない。要するに彼は一杯食わされたのであり、悪漢はまんまと逃げおおせたのである。
ピクウィック氏が下宿している家の女主人はバーデル夫人で、未亡人であった。彼がサム・ウェラーを雇い入れようとしていたころ、彼女に話しかけたピクウィック氏の態度から、彼女はてっきり結婚を申し込まれたのだと思いこんでしまった。ある日、自分の部屋で休んでいたピクウィック氏は、ドドゥソンとフォッグの弁護士事務所から、バーデル夫人が彼を婚約不履行で訴えている旨の通告を受け取った。たしかに、このようなことで召喚されるのも苦痛だったが、彼には時間を割くべきもっと大事なことがあった。パーカー氏が自分を弁護してくれる約束を取り付けると、イプスウィッチあたりでジングル氏が見かけられたのを知ったピクウィック氏は、大急ぎでその町に向かった。イプスウィッチへの旅は成功だった。というのもジングル氏がペテンを成功させる前に彼を捕まえ、その悪事を暴くことができたからである。
バーデル夫人が起こした婚約不履行の裁判では、ドドゥソンとフォッグがきわめて雄弁にピクウィック攻撃をやってのけ、結果的に陪審はピクウィック氏に750ポンドの罰金を科すことになった。裁判が終わったとき、ピクウィック氏はドドゥソンとフォッグに、たとえ投獄されたとしてもビタ一文払わない、訴訟を起こされるいわれなど一切ないのだから、と言い切った。
しばらくして、ピクウィック・クラブの面々はバースに出かけたが、そこでは新たな冒険がピクウィック氏とその友人たちを待ち受けていた。ウィンクル氏の弱みである、女性に惚れやすい性格のために、一行が困った羽目に陥ったのだ。バースで一行は二人の医学生、アレン氏とボブ・ソーヤーに出会った。アレン氏は妹のアラベラを友人のソーヤー氏と結婚させたがっていたが、アラベラは兄の選んだ男が嫌でたまらない。アラベラがソーヤー氏をふったのは、別の男が彼女のハートを射止めたせいだと知ったウィンクル氏は、その幸運な男とは自分のことだと思った。以前、マナー・ファームで会ったとき、彼女が彼に関心を示したことがあったからである。親切にも、ピクウィック氏はウィンクル氏が庭でアラベラと会うよう手はずを整えた。恋に狂った男がその場所で胸の内を打ち明けることができるようにとの計らいであった。
しかしながら、友人の恋を後押しをするピクウィック氏の計画は、一枚の召喚状によって妨げられてしまった。彼がバーデル夫人に金を払うのを断ったせいである。なおも頑強に損害賠償の支払いを拒み続けた彼は、ロンドンに戻ったとき、フリート監獄へ投獄されるはめになった。ピクウィック氏はサム・ウェラーに手伝わせて、放り込まれた部屋の中を可能なかぎり居心地よくした。だが、賠償金を支払ってもう一度自由を手にしたら、というサム・ウェラーやパーカー氏の懇願には、いっこうに耳を貸さなかった。ドドゥソンとフォッグはピクウィック氏が考えていたより器の小さい人物たちであった。ピクウィック氏に勝訴して、訴訟費用は彼に支払わせることができると踏んで、彼らはバーデル夫人からは費用を一切受け取らずにこの一件を引き受けていたのである。費用が手に入る見込みがないのを見て取ると、彼らはバーデル夫人までも逮捕してフリート監獄へ送り込んでしまった。
どうしようかと思案している折、ウィンクル氏と彼の新妻、アラベラが監獄を訪れ、二人が結婚した知らせをアレン氏に伝えるために罰金を払ってくれるよう頼んだ。アラベラは、兄と夫を和解させるのにふさわしい人物はピクウィック氏をおいて他にないと感じていたのである。おもいやりの心が勝利した。ピクウィック氏は、自由な身になって困っている友人たちを手助けしようと、バーデル夫人に賠償金を支払ったのである。
ピクウィック氏にとって、結婚についてアレン氏から同意を得るのは、そう難しいことではなかった。だが、次にウィンクル氏の父親に話をすると、彼は怒って、息子に一銭もやらずに勘当すると言い出した。ウォードゥル氏がロンドンにやってきて、彼の娘のエミリーがスノッドグラス氏を好きになってしまった、ついてはピクウィック氏のアドヴァイスを得たいと言うので、ピクウィック氏はまた難題を抱え込むことになってしまった。ウォードゥル氏はエミリーと一緒にロンドンにやってきていた。
関係者一同がアラベラの住居に集まった。二人の恋人たちにとってはうれしいことに、すべての誤解が解け、その後で愉快なパーティーが開かれた。父ウィンクルは義理の娘のもとを訪れた。彼女がいかに魅力的でかわいいかを知ると、彼は折れて、息子を遺産の相続権からはずすという決定を撤回した。家族は再び元のさやに収まった。
スノッドグラス氏がエミリー・ウォードゥルと結婚してから、ピクウィック氏はピクウィック・クラブを解散し、彼の忠実な召使い、サム・ウェラーとともに田舎の家に引きこもった。ウィンクルやスノッドグラスのこどもが生まれると、その名付け親になってくれるよう頼まれることもときにはあったが、たいていは隣人たちから尊敬され、友人たちからは愛されながら、静かな余生を送ったのである。
(担当:要田圭治氏)